人工着色写真で稼いでいたことがあります。 昭和20年初頭の写真はハイカラ趣味でカメラを持っている人は少なかった。
兄が兵隊から戻り戦前から保存していたカメラやフィルムを元に写真のバイトを始めました。 弟の私は絵が得意技でしたので人物の記念モノクロ写真に染料で着色して イミテーションカラー写真をでっち上げ結構喜ばれ小遣いを稼いでいたことがありました。
巷にはテクニカラーの西部劇映画が上映されておりました。 テクニカラー、、、あれは3色フィルターで3本のモノクロフィルムにとりわけ それを1本のフィルムに画像がずれないように染色転写すると言う 壮大な仕掛けで製作されていたのですね。 イーストマンカラーのカラーフィルムが使用されるようになる以前のことです。
其の後、上京して印刷の仕事に就き、まさか人工着色の絵葉書を 手懸けるようになるとは思いもよりませんでした。 まるで絵葉書のような、、、は綺麗だの他に俗悪で安っぽいという意味にも使われましたが、 製作している人間は大真面目で職人技が発揮できる厳しいが楽しい仕事でした。 モノクロの名所の風景写真を4枚の銅版上でエッチング液で足したり引いたりして カラーに、でっち上げる快感は、わかるかな~
オホハシ
by arukas7
| 2004-09-12 14:33
| 写真
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